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大阪地方裁判所 昭和31年(行)50号 判決

原告 西村清一郎 外一名

被告 大阪府

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告両名の訴訟代理人は、「被告は、原告西村清一郎に対し金四八五、五二〇円、原告西村博文に対し金二八二、五七六円、および原告両名に対しそれぞれ右各金額に対する昭和三一年四月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をしなければならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、大阪府中河内郡柏原町(前南河内郡国分町)大字国分八五番地の六宅地四一坪二合二勺は、原告清一郎の、同所八五番地の五宅地二五坪二合三勺は原告博文の各所有であつたところ、被告は、府道堺大和高田線の道路改築事業の起業者として、事業の執行上右土地の収用の必要を認めて建設大臣の事業認定を受け、大阪府知事による土地細目の公告を経た後、その収用および損失補償金額等について原告等と協議した。しかし、その協議が成立するに至らなかつたので、被告は、昭和三一年一月二五日大阪府収用委員会に対し、原告等の右土地に対する収用の裁決を申請した。同委員会は、審査の結果、同年三月一九日付をもつて、原告清一郎に対しては、収用の土地の面積を右土地のうち三七坪一合とし、収用土地の損失補償金として金二五二、二八〇円、収用残地(四坪一合二勺の損失補償金として金一四、〇〇八円、原告博文に対しては、収用の土地をその所有の土地の全部とし、収用土地の損失補償金として金一七一、五六四円とそれぞれ確定した上、右両土地収用の時期を同年三月三〇日とする旨の裁決をした。

二、ところで、土地の収用による損失の補償は、収用委員会の裁決に定める収用の時期における客観的価格であるべきところ、これは近傍類地の取引価格等を考慮して定めなければならないのみでなく、本件については、既に新府道の建設が確定しておつたので、客観的情勢として右取引価格が従前よりも昂騰していたということも斟酌されるべきものである。そうして、右裁決においては、本件の各収用土地の損失補償額を一坪当り金六、八〇〇円として算定したことは明らかであるが、本件について以上の諸般の事情を参酌してみると、右の損失補償額は、一坪当り金二〇、〇〇〇円以上と評価するのが相当であるところ、原告等は本件起業の公共性を考慮して、これを一坪当り金一八、〇〇〇円と算定し、これで満足するものである。よつて、原告清一郎の右収用土地三七坪一合の正当な損失補償額は、金六六七、八〇〇円であり、博文の右収用土地二五坪二合三勺のそれは、金四五四、一四〇円となる。

三、原告清一郎の収用残地四坪一合二勺は、右の一部収用によつて全く廃地同様となるものであり、且つ前項の諸事情を考慮すると、正当な残地損失補償額として、一坪当り金二〇、〇〇〇円が相当である。よつて、この正当な収用残地の損失補償額は計金八二、四〇〇円となる。

四、以上のとおり、大阪府収用委員会の裁決は失当であり、原告清一郎は、被告に対し、損失補償金不足額として、右の正当な各損失補償額から前記裁決補償額をそれぞれ控除した差額金四一五、五二〇円と金六八、三九二円の合計額金四八五、五二〇円、原告博文は同じくその差額金二八二、五七六円および右各金額に対する前記収用時期の後である昭和三一年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。

原告両名の訴訟代理人が、本案として述べたところは以上のとおりである。

次に被告の本案前の抗弁に対して、次のとおり述べた。

昭和三一年三月二一日大阪府収用委員会から裁決書の送達を受けたことは認める。

しかしながら、本件裁決書は、土地所有者である原告両名を併合して一通のものとして作成しているが、収用委員会は裁決書を収用土地の所有者ごとに各一通作成すべきものである。よつて、右裁決は違法である。

仮りにそうでないとしても、右裁決書は、原告等両名の代理人として久保田美英に宛て送達されているが、同人は原告等から裁決書正本の受領についての委任を受けていないので右正本を受領する権限はない。よつて、右久保田に対する裁決書正本の送達は不適法である。

仮りに右久保田に受領の権限ありとしても、送達された裁決書正本はただ一通であり、原告両名中そのいずれに対し宛てられたものか判明しない。したがつて、右正本一通の送達は不適法である。

以上のとおりであるから、いずれにしても、被告の本案前の抗弁は理由がない。

(証拠省略)

被告指定代理人は、本案前の抗弁として、主文同旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

被告が、原告等主張の起業者として、原告等所有の土地について建設大臣の事業認定を受け、大阪府知事による土地細目の公告を経由したこと、原告等と被告との間の協議が成立しなかつたので、被告は、大阪府収用委員会に対し、右土地に対する収用の裁決を申請し、同委員会が昭和三一年三月一九日付をもつて原告等の右所有土地について原告等主張のとおりの内容の収用の裁決をしたことは、いずれも原告等主張の前記一、の事実のとおりである。同委員会は、同月二〇日右収用土地の所有者である原告等に対し右裁決書の正本の送達手続をし、同正本は同月二一日に原告等に送達せられた。そして、土地収用法一三三条一項の規定によれば、収用委員会の裁決のうち損失補償に関する訴は、裁決書の正本の送達を受けた日から三月以内に提起しなければならないことになつている。したがつて、本訴の提起期限は同年六月二一日までということになる。ところが、本訴は同年六月二五日に提起されたものであつて、右期限の経過後にかかる不適法な訴であるといわれなければならない。

また、本案の請求原因事実に対しては、以上に述べた外は、答弁の限りでないと述べた。

(証拠省略)

理由

先ず、原告等の本訴提起が適法であるかどうかについて判断しよう。

大阪府中河内郡柏原町(旧南河内郡国分町)大字国分八五番地の六宅地四一坪二合二勺が原告清一郎の同所八五番地の五宅地二五坪二合三勺が原告博文の各所有であつたこと、被告は府道堺大和高田線の道路改築事業の起業者として、事業の執行上原告等所有の右土地に対する収用の必要を認め、建設大臣の事業認定を受け、大阪府知事による土地細目の公告を経たこと、右土地の収用および損失補償金等について、原告等と被告との間の協議がまとまらなかつたため、被告は昭和三一年一月二五日大阪府収用委員会に対し右土地に対する収用の裁決を申請したところ、同委員会は、審査の結果、同年三月一九日付をもつて、原告等主張のとおりの内容の裁決をし、その裁決書正本が同月二一日に送達されたことはいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証(裁決書)および第三号証(委任状)に原告両名本人尋問の各結果(いずれも各一部)を合せ考えると、原告両名は親子の関係にあつて、本件収用土地も相隣接しておる上、原告両名は弁護士久保田美英に対し、裁決書受領の点はしばらく措くとしても、大阪府収用委員会の土地収用裁決手続に関する一切の行為を委任し、同人を代理人とする旨の委任状(乙第三号証)を同委員会に提出していたので、同委員会は、右裁決にあたつては、当事者の表示として、土地所有者たる原告両名の住所氏名を連記した外、右両名の代理人として右久保田美英の氏名を掲記し、内容である主文、事実および理由の記載においては、原告両名に共通する点とそうでない点とを明確に区分して裁決書(乙第一号証)を作成したことが認められ、且つこれを一読すれば直ちに原告双方に対する裁決の結論とその由つて来た理由とが了解できるものと判断されるところであつて、これらの認定ならびに判断に低触する証拠はない。

原告等は、収用委員会は裁決書を土地所有者ごとに作成すべきであり、本件のように土地所有者二名に対し一通の裁決書を作成したのは違法であると主張するが、土地収用法が裁決書の作成を要求しているのは、収用委員会における裁決の結果とその理由とを明確にし、その正本を送達することによつて各当事者をしてこれらの点を認識させることを主たる目的とするものであると解されるところ、前記のとおりの手続および事情の下にあつて右裁決書の記載内容が完備しているものと認められる以上、民事訴訟手続における共同訴訟の場合における裁判書と同様、原告双方を包括して一通の裁決書を作成することは何ら違法というべきものではない。本件の損失補償とはやや趣きを異にしているけれども、土地収用法第六章第二節以下に規定する測量等による損失補償について、その裁決申請書は、右法律に基く委任命令である同法施行規則別記様式第一二によれば申請者が二人以上の場合は連名で申請することができる旨規定されており、このことによつても、同法の趣旨とするところが首肯されるものと認められるのであつて、原告等主張のように単に抽象的に土地所有者ごとに裁決書を作成しなければならない理由はないといわなければならない。

次ぎに、原告等は、右久保田美英は原告等から裁決書正本受領についての委任を受けていないので右正本受領の権限を有しないと主張し、成立に争いのない乙第二号証の二、第四号証によれば右裁決書正本は原告両名の代理人としての右久保田美英に宛て送達されていることが認められるが、前記乙第三号証に原告両名本人尋問の結果(一部)を総合すると、収用委員会に対し提出された乙第三号証(委任状)の文案は、原告等と右久保田弁護士が協議の上定められたものであること、右委任事項として、「所有土地につき、起業者大阪府の申請による土地収用裁決手続に関し、大阪府収用委員会に対し意見書を提出し、その他右裁決手続完了に至る一切の件受理の権限」を委任する旨記載されており、特に「受理の権限」の文言が明記されていることがそれぞれ認められ、この事実と土地収用法一三六条によれば、当事者は代理人に対する代理権授与の有無ならびにその範囲を書面によつて明確にしなければならない旨規定されていることとを睨み合せると、右久保田弁護士は原告等の委任を受け右裁決書の正本を受領する権限を有していたものと認めるを相当とする。原告両名の供述中、右認定に反する部分は、前記各証拠に照らして信用できないし、その他右認定を覆えすに足りる証拠はない。

最後に原告等は右久保田弁護士に送達された裁決書正本はただ一通であり、原告両名中そのいずれに宛てられたものか判明しないから、右正本の送達は不適法であるというが、代理人に対する行為の法律効果は当然直接本人におよぶものであり、右のとおり右久保田弁護士が原告両名に代つて裁決書受領の権限を有し、且つ、前述のとおり、右裁決書が土地所有者としての原告両名に対する裁決の書面として欠けるところがない以上、右久保田弁護士に対する右一通の裁決書正本の送達の効果は、当然本人である原告両名のそれぞれにおよび、あえてこれを二通にしなければならない筋合はない。よつて、右送達は適法であるというべきものである。

そうしてみると、右久保田美英に対する右裁決書の正本の送達が原告双方に対するものとして適法且つ有効なものであり、またその送達日時が前記のとおり昭和三一年三月二一日であることが当事者間に争いがない以上、原告等の損失補償に関する訴は土地収用法一三三条一項の規定により、裁決書正本の送達を受けた日から三月以内に提起しなければならないから、本訴の提起期間は昭和三一年六月二一日までということになる。しかし、本訴が当裁判所に提起されたのは、訴状に押されている受付印によれば、同月二七日であることが明らかであるから、本訴は出訴期間を徒過した不適法な訴というの外はない。

よつて、原告等の本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担については、民訴八九条を適用して、主文のとおりお判決する。

(裁判官 入江菊之助 日高敏夫 小湊亥之助)

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